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大阪地方裁判所 昭和41年(レ)151号 判決

控訴人(被告) 株式会社大阪日日新聞社

被控訴人(原告) 上村浩郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の提出、援用、認否は、

控訴代理人において、

一、就業規則は、企業経営権の作用として使用者が一方的に作成、変更することができるものであり、したがつて、使用者は就業規則の作成、変更によつて労働条件を一方的に決定変更することができ、これにともなつて労働契約の内容も当然に変更を受けるものであるから、このために既存の労働契約の内容が不利益に変更されることがあつても、その労働者の同意を要するものではない。さもないと、就業規則の変更に同意した労働者や新しく雇われた労働者と変更に同意しない労働者とでは異なる準則の適用があることになり、労働条件を集団的、画一的に決定管理するという要請から認められた就業規則の法的意義を没却することになる。

二、かりに、就業規則の不利益変更が労働者の同意がない限りその労働者に対しては効力を生じないとしても、被控訴人は、控訴会社が昭和三九年七月一七日就業規則を労働者に不利益に変更した後もこれに異議を述べることなく、従前どおり約八ケ月間就労していたのであるから、右変更について黙示的に同意していたというべきである。

三、しかして、退職金は労働者の退職時に、その労働者の永年の功労に対する報償として支給するものであるから、就業規則に定める退職金支給の要件に該当する事実が発生したときに初めて発生する権利であつて、退職前においては単なる期待権にすぎないものである。したがつて、退職金に関する事項については、労働者が退職するときにその職場を規律している就業規則によつてすべてこれを決すべきである。

四、かりに、右主張も理由がないとしても、就業規則の変更があつた場合の退職金は、新就業規則施行後の勤続年数については新就業規則の定めるところにより、旧就業規則施行中の勤続年数については旧就業規則の定めるところにより、それぞれ算出したものを合算した額とすべきである。

と述べ、

被控訴代理人において

控訴人の当審における主張は争う。なお、控訴会社退職金規定によれば、所定倍率を乗じて算出した金額に一〇〇円未満の端数を生じたときは一〇〇円に切りあげること、勤続年数に一箇月未満の端数を生じたときは一五日未満は切り捨て一六日以上は一箇月にくりあげること、勤続年数に端数月を生じたときは、当該端数月を控除して算出した額とこれを一年にくりあげて算出した額との差額の一二分の一に端数月数を乗じた額を加算することと定められているものである。

と述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

一、被控訴人は、もと控訴会社の社員であつたところ、昭和四〇年三月三〇日退職したので、控訴会社の就業規則(退職金規定)の定めるところにより、控訴会社から退職金の支給を受けるべき権利を取得したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、まず退職金算定の基礎となるべき被控訴人の勤続年数について判断する。

成立に争いのない甲第一号証、乙第五号証、乙第六号証の一ないし六、乙第七ないし第九号証、証人木村嘉典の証言により真正に成立したと認められる乙第三、第四号証と同証人の証言、ならびに被控訴本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人は、昭和三五年四月一日から同三六年四月一五日まで嘱託として控訴会社に勤務し企画局広告部で広告取りの仕事をしていたこと、引き続いて同日控訴会社に社員として入社したが、同年九月三〇日までは試用期間であつたこと、入社後右試用期間を含めて退職するまで編集局社会部所属の記者として勤務していたこと、控訴会社の就業規則およびその附属規定である退職金規定には、昭和三五年五月三一日以後に入社した者の試用期間、嘱託の期間、休職期間および継続一ケ月以上の欠勤期間は勤続年数には含まれず、退職金算定の基礎となる勤続年数は試用期間終了の翌日から起算し、勤続年数に一月未満の端数を生じたときは、一五日までは切捨て、一六日以上は一月に繰り上げて計算する旨定められていること、被控訴人は昭和三八年一〇月二九日から同三九年一月八日までと、同年二月二六日から三月末日までの間それぞれ継続一ケ月以上にわたる欠勤をしているので、被控訴人には入社から退職までの間に勤続年数から控除されるべき三月一〇日余りの欠勤の期間があることをそれぞれ認めることができる。被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照してたやすく措信することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そうすると、被控訴人の勤続年数が三年三月となること計算上明らかである。

三、すすんで、退職金算定の基礎となるべき被控訴人の賃金について判断する。

(一)  控訴会社において、社員が退職した場合に支給する退職金の額は、昭和三九年七月に変更される以前の退職金規定第六条(以下旧規定という。)では現職最終月の基準賃金総額に勤続年数に応じた別表記載の倍率を乗じて算定するとされていたが、変更後の退職金規定第六条(以下新規定という。)は現職最終月の基本給に右倍率を乗じて算定すると改められていることは当事者間に争いがない。

(二)  被控訴人は、右退職金規定の変更は控訴会社の労働組合である大阪日日新聞労働組合の意見を聴かないでなされたものであるから、労働基準法第九〇条第一項に違反し無効であると主張するが、同条は、就業規則の内容如何は労働者の利害に関係すること大でその作成変更に当り労働者の正しい意向が反映することが望ましいことにかんがみ、使用者をして労働者の過半数で組織する労働組合またはその過半数を代表する者の意見を聴くという手続を取らせることにし、その違反には制裁をもつて臨み間接にこの手続を強制しているにとどまるものであつて、規則の作成、変更にあたり組合等の意見に拘束されることを予想したものではないから、これに違反しても処罰の対象となるのは格別規則自体の効力には関係がないと解すべきである。したがつて、被控訴人のこの点の主張は採用できない。

(三)  次に、被控訴人は、就業規則の労働者側に不利益な変更は労働者側の同意がない限り許されず、同意なくして変更された退職金規定は無効であると主張するが、就業規則の作成変更に関する労働基準法の規定全体からみると、法は使用者に対し就業規則の作成変更に当つて労働者の過半数で組織する労働組合またはその過半数を代表する者の意見を聴取する義務を認めただけで、就業規則の作成変更を使用者の一方的行為に委ねているものと解さざるを得ないから、変更された就業規則の内容が従前のものより労働者側に不利益であるというだけの理由で無効であるということはできない。

しかしながら、就業規則は使用者の一方的行為によつて作成変更されるものであるから、賃金、労働時間その他労使対等の立場において決定さるべき労働条件に関しては労働基準法第九三条により最低基準規範としての効力のみを持つにすぎず、既存の労働条件が就業規則の定める基準を上まわる場合においてまでこれに変更を加える効力を有するものではないと解すべきである。また退職金といえども支給の条件、範囲が明定されている場合には賃金に準ずるものとして右にいわゆる労働条件の一に属するものと解するのが相当である。

しかして、本件の場合、退職金支給に関し、基準を上まわる個別契約があつたとの主張、立証はなく、従前旧規定の内容が労働契約の内容となつて控訴会社と被控訴人との間を規律していたものと認められるところ、被控訴人の現職最終月の基本給が一五、六〇〇円であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証、前記乙第四号証、被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人の現職最終月の基準賃金総額は基本給一五、六〇〇円、勤続手当九、七〇〇円、精勤手当一、〇〇〇円、扶養手当三、二〇〇円の合計である二九、五〇〇円であると認められ、退職金に関する既存の労働契約は新規定の定める基準を上まわつたものであること明らかである。そうすると控訴会社と被控訴人との間で新規定の定める基準による旨の合意のない限り、旧規定が妥当することになるものといわなければならない。

ところで、控訴会社は、被控訴人が規定の変更について黙示的に同意していたと主張するが、成立に争いのない乙第一〇号証、証人木村嘉典の証言、被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人が加入していた大阪日日新聞労働組合は規定の変更に反対し、変更後もなお反対の態度をとり続けてきたこと被控訴人も規定の変更に反対であつたが、組合として反対の態度を表明しているので格別個別的な意思の表示をしなかつたことを認めることができるから、被控訴人が個人として約八ケ月の間異議をのべることなく就労していたというだけでは黙示の同意があつたことになるものではない。

そうだとすれば、被控訴人の退職金は旧規定の定めるところにしたがい現職最終月の基準賃金総額二九、五〇〇円を基礎として算定すべきである。

四、以上のとおりであるから、被控訴人の退職金の額は、前記乙第五号証により認めうる勤続年数に端数月を生じた場合ならびに退職金額に端数が生じた場合の計算基準(当該端数月を控除して前記旧規定により算出した額と、これに一年繰り上げて同様に計算した額との差額の一二分の一に端数月を乗じた額を、端数月を控除して算出した額に加算し、一〇〇円未満の端数を生じたときは一〇〇円に切り上げる。)を適用して計算すると四九、五〇〇円となり、控訴会社は被控訴人に対し、右退職金とこれに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかである昭和四〇年六月三〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

したがつて、被控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるところ、原判決は右範囲内において被控訴人の請求を認容したもので本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条に則りこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中島孝信 今中道信 笠井昇)

(別表省略)

〔参考資料〕

退職金請求事件

(大阪簡易昭和四〇年(ハ)第五三七号 昭和四一年九月二六日判決)

原告 上村浩郎

被告 株式会社大阪日日新聞社

主文

被告は原告に対し金四九、四五〇円とこれに対する昭和四〇年六月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告において金一〇、〇〇〇円の担保を供するときは、勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、双方の申立。

一、原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金八八、五〇〇円とこれに対する昭和四〇年六月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求めた。

二、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、双方の主張。

一、原告の主張。

(一)、原告は昭和三五年四月一日被告会社に入社し、企画局勤務を経て、昭和四〇年三月三〇日退職するまで編集局社会部記者として勤務したものである。

(二)、被告会社の退職金規定第六条によれば、被告会社は退職者に現職最終月の基準賃金総額に別表の勤続年数に応じる倍率を乗じて算出された退職金を支給することになつている。

(三)、原告の現職最終月の基準賃金総額は二九、五〇〇円で、勤続年数は五年であるから、別表により右基準賃金総額に三倍の倍率を乗じて得た八八、五〇〇円が原告の退職金の額である。

(四)、しかるに、被告会社は退職金の支給をしないので、原告は被告に対し右金八八、五〇〇円とこれに対する昭和四〇年六月三〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(五)、被告は、被告会社の退職金規定第六条は変更されたというが、被告会社の労働組合である大阪日日新聞労働組合の意見を聴かないで変更されたのであるから、労働基準法第九〇条に違反しているし、変更された規定について同意したこともない。就業規則の労働者側に不利益な変更は、労働者側の同意がない限り、労働条件の労使対等決定の原則からいつても許されない。従つて、退職金規定第六条の変更は無効である。

(六)、就業規則第二七条は本採用の際提出すべき書類を定めているが、原告は被告が正式入社の日であるという昭和三六年一〇月一日頃同条所定の書類を提出したことはない。

原告の被告会社における勤務状況、勤務内容、給与の支給形態等からみて、原告の試採用の時期が原告主張のとおり昭和三五年四月一日であることは明らかである。

(七)、現職最終月の基本給が一五、六〇〇円であることは認める。休職期間が三月一四日あることは否認する。

二、被告の主張。

(一)、原告が編集局社会部記者をしていたこと、昭和四〇年三月三〇日退職したことは認める。

(二)、原告は昭和三六年四月一五日被告会社に試採用となり、同年一〇月一日正式入社したものである。

(三)、原告主張の退職金規定第六条は昭和三九年七月一七日変更され、それによれば、現職最終月の基本給に別表の勤続年数に応じる倍率を乗じて算出された退職金を支給する定めになつている。原告の退職金もこれによることになる。

原告の勤続年数は、前記正式入社の日から起算されるが、休職期間三月一四日があるのでこれを控除した三年三月が勤務年数となる(就業規則第五条)。

現職最終月の基本給は一五、六〇〇円であつた。

従つて、原告の退職金は二七、三〇〇円となる。

第三、証拠関係。〈省略〉

理  由〈省略〉

(裁判官 鴨井孝之)

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